素晴らしい人間関係を その3「相手の望むことをする」
本日もお越し頂きまして、ありがとうございます。
本日は
「相手の望むことをする」
についてお話できればと存じます。
最後までお付き合い頂けると幸いです
論理と感情
論理:~すべき ~した方が良い
感情:~したい
人は論理の生き物では無く、感情の生き物です。
人は論理よりも感情の方が圧倒的に強いのです。
たとえ、論理的に納得しても、感情的が入っていないと力が入らないのです。
相手に喜んで貰いたい場合
論理的に疑問符が付く行動で合ったとしても、相手が「~したい!」と感じることを、自由にやらせてあげる事です。
精神年齢が低い相手又は実年齢が幼ければ幼いほど、こういった行動を取りがちなのですが、意味がないと感じたとしても、自由にやらせてあげる。
これが一番 相手が喜ぶ事です
人は正しいことを知りたいのではありません。
実際に自分でやってみたいのです。
体験してみたいのです。
それは無駄だよとか、こっちの方が効率が良いよとかは
自分自身が頭で考えすぎているのです。
一見論理的に無駄と思えたり、意味がないように思われるよな遊びの中にこそ、常識をうち破る、素晴らしいアイディアがあったりするのです。
論理的に正しい、正しくないは脇に一端置いて、相手が感情的にやってみたい事を優先してあげる。これが一番相手が喜びます。
例えば
相手が「飲みに行こう!」と誘ったとします
「え~どうしよう?」
それとも
「やった!行きたい!」
と感じるでしょうか?
相手によって反応は違うのです
「え~どうしよう?」
「行きべきかな?」とか、「人間関係的に行った方がいいんだろうな」と思った場合は、飲みに行きたいと思ってないのです。
つまり、相手はあなたのやる気を引き出すことに失敗したということになります。
相手はあなたの「やりたい」ではなく、自分の「やりたい」を優先したと言うことです。
逆に
「やった!行きたい!」と感じたら、飲みに行くことは「やりたいこと」だったということです。
相手はあなたのやる気を引き出すことに成功したのです。
それは、相手があなたの好みや「やりたいこと」を知っていたからか、もしくは、相手とあなたの「やりたいこと」が一致してたということです。
この場合、この飲み会は確実に盛り上がる事でしょう。
相手が望まない事で、相手の本当のやる気を引き出すことは出来ません。
論理でどれだけ「やるべき理由」や「やった方が良い理由」で説得しても、無駄です。
嫌々に半ば強制的にやらせるのがやっとです。
強制が生じた場合、やる気を引き出す事は不可能です。
相手から強制を感じた瞬間、嫌だ!と感じるのが人間なのです。
本当に相手のやる気を引き出す方法は、雄一、一つだけです。相手の望む事をやらせてあげることのみです。
さて、
あなたの最近付き合いのある数十人を思い浮かべて下さい。
その人達は
「食後の飲み物がコーヒーと紅茶で合った場合は どちらを選びますか?」
あなたは、何人の飲み物の好みをを知っていますか?
おそらく、1人か?多くても数人の好みしか把握出来ていないのでは無いでしょうか?
この些細な事でさえ、人は他人の好みを知らないのです。
まして、心からの悩みや本当に好きなこと等知るよしもないのです。人は自分が思う何万倍以上、他人には興味関心がないということです。
故に、
自分の過去の記憶を元に、勝手に相手の好みを想像し、自分はこれが好きだからと相手に自分の価値観を押し付け合っている。これが現実です
現実を認める事から、改善ははかれません。
先ずはこの現実を認めてましょう。
自分の好みには強い興味関心があっても、
他人の好みには全く興味関心が無いのです。
相手が飲みに行きたくないなら、飲みに誘わないです。
しかし、自分が飲みに行きたいから、飲みに誘ってしまうのです。
相手が飲みに行きたいか、行きたくないか?考えてないのです。
常に「私が」「私の」「私に」・・・・
自我の魂 これが人間です。
相手の好みややりたいことを知るには
この世で方法は1つしかありません
自分の過去の経験記憶で想像しても、絶対に外します!
何故なら他人は自分とは違うから。年齢が離れていたら尚更です。
自分の子供に過去の経験記憶の自分の常識で、相手のやりたいことを押し付けた場合、絶対に合わないです。落ち着いて考えてください。生きてる時代が全く違うのです。絶対に無理です。
自分の過去の経験記憶に照らし合わせて想像するのは、無意味なんです。無駄なのです。それどころが不幸の始まりです。互いに不幸です
相手の好みややりたいことを知る
唯一 一つだけの方法
「聴く」
相手に聴くしかないのです。
想像しても 一生分かりません
なんでこのコーヒーのおいしさが分からないの?って説得しても無駄なんです。
「いやーわかるよ?私も同じ年齢の頃はそうだった。けど・・・」
「けど」が付いている時点で、本当に分かっていません。
相手を理解しようと全くしてません。自分の想像を押し付けようとしているだけです。
本当に相手のことが分かっているなら、相手のやりたいことをさせてあげれているはずです。本当に分かってるなら、其れを外すはずが無いのです。
分かってると思ってる其れは、あなたの想像であり、相手の事実ではありません。
相手の好みややりたいことを知る唯一の方法は
相手に「聴く」ことです。聴けば一瞬です。
聴けば一瞬で解決する方法を、聴かないのです。
それは相手に興味関心が無いからです。
自我を抑え
相手に感心を持って、
相手の立場から物事を観て
分からない時は、正直に相手に聴く
そして
相手にやる気を出して欲しいのであれば、
自分がやらせたい事をやらせるのでは無く
相
手が望む事を自由にやらしてあげる。
これは自己犠牲ではありません
相手の望みを叶える事を自己犠牲と勘違いする方がいますが、自己犠牲では駄目です。
自己犠牲の勧めではありません
例えば、
あなたが一番大切な人に プレゼントをします!
自分が喜ぶモノを渡すより
相手が欲しいモノを受け取れた時
相手は喜びます
相手が心から喜んでくれた時、
その姿を見ることそのものが、
あなたにとっても喜びであり、
幸せであると思います
あなた自身が喜びを受け取れています
決して自己犠牲ではありません。
相手の幸せそのものが、同時に自分自身の幸せに感じられる様な、人間関係を築いていきましょう。
もし、相手を望むことをするの事が、自己犠牲に感じる場合、あなた自身に無理が生じています。
自分の時間・お金などの余裕の範囲以上の事をしようとしているか、もしくは、本当はお付き合いしたく無い相手と無理に上手くいかそうとしているかです。
自分が本当は忙しい、本当はお金が足りない、本当はその人が好きではないのなら、やる必要はないのです。自己犠牲を感じるのであればその選択は間違いです。
自分も幸せで、相手も幸せ この関係が出来て 健全な状態です
自我をコントロールし、
相手の幸せそのものを、
自分の幸せと感じられるようになっていく。
その為には 相手の望むことをする
相手がまずどう考え、そう感じるかに心を移せる様になっていく事が、子供から大人になっていくということであり、この進化成長が良好な人間関係を築いていく極意でもあるのです。
最後までお読み頂きまして
ありがとうございます
ではまた